はじめてメイクをして泣いた

事の始まりは友人に送った「先生!メイクって何から始めればいいんですか!」というLINEだった。

 

恥ずかしい話だが、私は生まれてこの方メイクというものをしたことがなかった。実家には「メイク」という概念がなく、なんなら「美意識」とか「おしゃれ」とかいう概念もない。親がメイクをしない人だったから、メイクをするしないとか、そういう選択がなかったのだ。だから、したいとか、したくないとか、そういうことも考えたことがなかった。

自分の年齢にあったファッション誌やメイク誌を買うのはせいぜい自担が掲載されているものくらい。自担と出会ってから私は「好き」にまっしぐらで、もともと自分に全く興味がなかったのに、より一層自分なんかにお金をかけるならグッズを、写真を、チケットを、雑誌を、買いたかった。自分に興味がなかった。かわいくなりたいとはあまり思ったことがなかった。

 

知らないうちに私は年齢を重ねて、周りはどんどん大人っぽくなった。休みの日に出掛けるときらびやかなメイクを施した友達の隣に私がいた。私は小綺麗に見えるように取り繕った洋服にぼんやりとした大してかわいくもない顔面を晒していた。時代はコロナ禍。マスクを着けなきゃいけなかったからどうにかなっていた。

先日、家を出てからマスクを着けていなかったことに気づいた。いつも替えのマスクを入れているポーチを忘れた。すぐに済む用事だったから、諦めてマスクを着けずに外へ出た。

用事のために向かった雑居ビルの鏡に映った自分がかわいくなかった。くすんだ感じ、目の下のくま、薄青い顔面。全然かわいくない。終わってる。終わりすぎててやばい。これはメイクをしなきゃいけない、と思った。

 

そして、冒頭に戻る。美容専門学校に進学予定の友人に「先生!メイクって何から始めればいいんですか!」とLINEを送った。でも送ってから不安感に襲われた。こんな自分がメイクをしていいのか。こんな自分がメイクをしても何も変わらないんじゃないか。こんな自分が変われるわけないんじゃないか。こんな自分がかわいくなっちゃいけないんじゃないか。みんなはかわいい。すっごくかわいい。でも私はかわいくなかった。ずっとかわいくなかった。こんなにかわいくなかったら、ずっとかわいくないんじゃないか。かわいくない。かわいくなりたい。かわいくなりたいけど。ずっとぐるぐるしていた。

 

「下地、アイシャドウ、ビューラー、マスカラ、アイライナー、リップ、パウダーの一式を揃えなさい!予算があれば提案します!」

下地、知らない。

アイシャドウ、知ってる。目元に塗るやつ。

ビューラー、知ってる。まつげ挟んで上げるやつ。

マスカラ、聞いたことある。

アイライナー、知ってる。アイライン描くやつ。

リップ、知ってる。唇に色つけるやつ。

パウダー、パウダー?ピュレグミの?もしくはハッピーターンの?食いしん坊すぎる。

「失敗しても取り返しつくやつが良いです!プチプラだと嬉しい!」

すると友人は2枚の画像にまとめておすすめのコスメを教えてくれた。そして「〇〇(私)に合ったメイクは絶対にあるし、絶対にかわいくなれる!」「目がすごく綺麗だから、アイシャドウ塗ったらすぐ綺麗になれる!」とメッセージをくれた。私に合ったメイクって何だろう。綺麗になれるのかな。私なんかでもかわいくなれるのかな。かわいくなりたいな。次の日、その子と一緒に買い物に行った。

 

LOFTのメイク用品売り場に初めて立ち寄った。いつもは文房具しか見ないから。メイク用品売り場は文房具売り場と違って、きらきらしていて、宝石が並んでいるみたいだった。もちろん文房具もきらきらしているけど、コスメは物理的にきらきらしていた。まぶしかった。広い売り場にはたくさんプリキュアの変身アイテムみたいなコスメがいっぱいで、自然と口角が上がった。売り場にはきらきらしている人がたくさんいた。女子高生、カップル、OLさん、主婦。いっぱいいた。その中で私はたくさん「これはなに?」「どっちがいい?」「パッケージの色が違うのはどうして?」と友人に尋ねた。友人はこんな質問にゼロから説明をしてくれた。私の手の甲に試供品を塗って、「こっちの色の方がいいんじゃない?」「どっちの色が好き?」「どんな感じのメイクをしたい?」と話してくれた。指の先から変身していくプリキュアみたいで、うれしかった。

 

下地はメイクの一番最初に顔全体に塗るやつ。CEZANNEの皮脂テカリ防止下地のピンクベージュ。私は肌が白めだから、ライトブルーだと青白くなっちゃうねって話してピンクにした。

パウダーは下地の上に塗って顔をさらっとさせるやつ。ピュレグミのやつじゃない。CANMAKEのマシュマロフィニッシュパウダーの01番。3種類あって、肌に塗ってみたけどあんまり違いが分からなかったからスタンダードな01番にした。初めて開けたとき、パウダーがカラフルでぴかぴかで、嬉しくて仕方なかった。

アイシャドウはCANMAKEのシルキースフレアイズ(マットタイプ)の06番。ラメがいっぱいのやつもあったけど、最初からラメに挑戦するのにビビったから一ヶ所だけラメがあるのにした。ひかえめに光を反射するラメが愛おしかった。

アイライナーはCEZANNEの描くふたえアイライナーの20影用グレージュ。二重線の端を伸ばせたり、涙袋描くときときにも使える。ちなみに、涙袋は線を描くだけじゃなくて目と線の間にアイシャドウの明るい色を置かないとしわに見えるから気をつける。

マスカラはまつげを際立たせられるやつ。CANMAKEのクイックラッシュカーラーセパレートの03ブラウン。透明と黒もあって、透明はあんまり変わらなくて、黒はブラウンより存在感があるらしい。

リップはCANMAKEのメルティ―ルミナスルージュ(ティントタイプ)のT02ロゼミルクティー。ティントの意味はよく分からない。色は02と04で迷って、より一層かわいいと思った02にした。

あと、メイク落としはビオレのメイクとろりんなで落ちジェル。絶対お湯で落としちゃダメって言われた。かなり大容量。メイク落としはビオレにしておけば外れないって教えてくれた。

 

帰って、すぐにメイクをした。ひとつひとつパッケージを開けるたびにドキドキした。ちゃんと下地を塗ってから。鏡を見ながら。すごく緊張した。

パウダーを塗ったら本当に肌がさらさらした。アイシャドウはうまく塗れなかったけど、ラメはちゃんとこんな私の瞼の上でもきらりと光っていた。アイラインは意外と色が残る。描いてすぐは存在を感じないけど、気づいたときにはけっこうちゃんと描けてる。あれ?って思って重ねて描くと変になっちゃうから気をつける。マスカラはだまになりやすい。リップは縦じわに引っかかった。でも上唇はきれいに塗れた。

 

目元の写真を、友人に送った。「ほんのり色ついててかわいい」、と返信が来た。

理由はわからないけど、ぼろぼろ涙が出た。とてつもなく涙が出た。胸の奥の方からじわじわあついのが押し上げてきた。声を上げて、わんわん泣いた。嬉しくて、どきどきして、胸がいっぱいになって、走り出したくなった。

私は、自分のことを全然かわいいと思ったことがなくて、でもずっとかわいくなりたかった。でも私なんかがかわいいなんて、よくないんじゃないかって、すごく思っていて。かわいくないけど、かわいくなりたくて、でもかわいくなっちゃいけないって、思っていたし、今も思っている。

だけど、私はメイクをして、私の瞼にはラメが乗って、きらっとして、こんな私だけど少しだけ、ほんの少しだけ、かわいくなれたんじゃないかって思っている。少し華やいだ顔面、少しだけ血色のよくなった唇、少しだけ、かわいくなった、わたし。ちゃんとメイクをして、そうしたらかわいいって言ってもらえた。かわいいって言葉がこんなに嬉しい言葉だって今まで知らなかった。

 

まだまだメイクは難しい。利き手のほうは描きやすいけど、逆側はうまくいかない。小さい鏡は顔全体が見えない。わがままだけど、選ばなかった方の色も試してみたいと思ったから、もうすこしかわいくなりたいから、メイクをして、自担に会いに行きたいから。だから、メイクをしたい。そう思った。